参考にできる!合意形成の好事例
〜大規模マンション編〜
大規模マンション 合意形成のための3つのPOINT
①アンケートや意見交換会を繰り返し行い、賛否の声を丁寧に拾い上げる。
反対意見の内容もよく検討し、可決の見込みが立ってから総会に議案を上程する。
②アンケートには必ず判断材料をセットで添付する。
質問だけを投げかけるのではなく、回答の根拠となるデータや資料を一緒に提供し、住民が十分な情報を持った上で判断できる環境を整える。
③意思決定は「透明性と公平性」を徹底する。
意思決定については特定の個人ではなく、委員会の投票や公開の場で行い、すべての情報を開示する。住民が「プロセスを信頼できる」と感じることが、合意形成の近道に。
「EV台数わずか5台ながら、
全274区画にEV充電器の設置を決定」
グレーシアパーク八王子みなみ野
(東京都八王子市・総数225戸)
274区画にEV充電器を設置した「グレーシアパーク八王子みなみ野」の駐車場
東京都八王子市にある「グレーシアパーク八王子みなみ野」は、2000年竣工の11階建て、225世帯の大規模マンション。2024年1月、敷地内の全平置き274駐車区画へのEV充電器設置を決定しました。当時、マンション内のEVはわずか5台。それでも89%の住民が「賛成」と支持したのは、いったいなぜでしょうか。同マンション管理組合長期修繕委員会副委員長の茂木克介さんに、EV充電設備を設置する意義から住民の合意形成の舞台裏、稼働後の現状まで語っていただきました。
グレーシアパーク八王子みなみ野
所在地
八王子市
みなみ野
竣工
2000年11月
(築年数26年)
世帯数
225戸
駐車区画数
274区画
(全平置き)
「ヴィンテージマンションを目指そう」を合言葉に、反対多数でも動き続けた理由
「グレーシアパーク八王子みなみ野」がEV充電設備の導入を考え始めたのは、2017年のこと。戸建てへのEV充電器設置が少しずつ広がり始めていたこの時期、長期修繕委員会は住民にアンケートを実施しました。「マンションにEV充電器があったらどう思いますか?」——結果は、約7割が「必要ない」という答え。EVの普及はまだ限定的で、東京都の補助金制度もありませんでした。当時としては、無理もない反応です。
「グレーシアパーク八王子みなみ野」の駐車場に設置されたEV充電器
2017年の住民アンケートでは約7割がEV充電器は必要ないと回答
それでも、長期修繕委員会はEV充電設備の研究を続けます。同委員会副委員長の茂木克介さんはこう話します。
「私たちは“ヴィンテージマンションを目指そう”を合言葉に、資産価値を高めるにはどうすべきかという視点でいつも動いています。だから、最新の住宅設備や法改正の情報は、日頃から積極的にキャッチアップしているんです」
住民から前向きな反応が得られなかったとはいえ、脱炭素の潮流やEVの台頭は、情報感度の高い彼らの目には「いずれ対応を迫られる課題」として映っていました。そして、その読みは的中します。2022年、東京都が「2030年までに集合住宅へ6万基の充電器を設置する」という目標を掲げ、2025年4月以降に新築される集合住宅等への充電器設置を義務化したのです。
東京都は、2025年4月以降に新築される集合住宅等への充電器設置を義務化
「駐車場にコンセントがあることが、いずれ標準仕様になる。そうなる前に動いておかないと、何十年か先の若い世代に選ばれるマンションにはなれないと考えました」
タイミングよく、東京都による集合住宅向け補助金制度も本格化します。茂木さんたちは翌2023年3月、東京都主催の「EV充電設備に関する無料相談会」にいち早く参加。情報収集をさらに加速させていきました。
“グレードアップ”を積み重ねてきた、ちょっとユニークな管理組合
そもそも、マンションの長期修繕委員会がここまで積極的に動くものでしょうか。実は、「グレーシアパーク八王子みなみ野」の管理組合は少しユニークな仕組みを持っています。
一般の分譲マンション同様、年単位の輪番制で理事会が組成されますが、ユニークなのはその下部組織。防災委員会、長期修繕委員会、規約細則委員会といった各専門委員会では、メンバーが入れ替わりながらも、数名が年をまたいで長く関わり続けているのです。
「いろいろな案件について長期的に研究を重ね、知見を積み上げられる。この継続性がとても重要で、うちの強みとなっています」と茂木さん。長期修繕委員会では、長期修繕計画に「グレードアップ工事」という独自の項目を設け、資産価値の維持・向上を見据えた設備投資を計画的に進めています。時代の流れを読みながら、国や地方自治体の補助金・助成金情報にも常にアンテナを張ってきました。
こうした積み重ねの結果、「グレーシアパーク八王子みなみ野」では築26年の間に、窓サッシ・玄関ドアの高断熱仕様への更新、エレベーターのリニューアル、給排水管の長寿命化、街灯のLED化など、アップデートを実施。使える補助金や助成金は、その都度有効活用してきました。今回のEV充電設備の導入も、その流れの延長線上にあります。
資産価値の維持・向上を見据えた設備投資を計画的に進めてきた「グレーシアパーク八王子みなみ野」
約70%反対から89%賛成へ。スムーズな合意形成の舞台裏とは
集合住宅で新しい設備を導入するとき、最も大きな壁となるのが「住民の合意形成」です。「グレーシアパーク八王子みなみ野」でも、2017年の初回アンケートでは約7割が否定的でした。しかし、2022年に67%、2023年に72%と段階的に支持が広がり、2024年1月の総会では、なんと89%の賛成で可決します。アンケートの回収率は約90%で、ほぼ住民の総意といえる合意を実現させました。
このスムーズな合意形成を可能にしたのが、長年かけて育んできたコミュニティの力です。年2回のバーベキュー大会など定期的な住民イベントで顔の見える関係を作り、自治防災活動を通じて助け合いの文化を培ってきました。「ヴィンテージマンションを目指そう」というビジョンを共有しつつ、これまでの設備更新の実績が、専門委員会に対する信頼につながっていることも、大きなポイントだといいます。
「グレーシアパーク八王子みなみ野」では様々なイベントを実施
エレベーター内でも、定期的なイベントや生活のためになる最新情報を発信
とはいえ、速やかな合意形成を目指すほかのマンション管理組合が、今すぐ参考にできるノウハウもあります。
まず、総会に議案を提出するのは、可決の見込みが十分に立ってから。そのためにアンケートや意見交換会を繰り返し行い、賛否それぞれの声を丁寧に拾い上げ、すべての情報を開示する。アンケートには質問だけでなく、回答の判断材料となるデータや資料も添付する。特定の個人が決めるのではなく、必ず委員会内での投票や公開の場で意思決定する——。その根底にあるのは、「透明性と公平性の徹底」です。住民が「このプロセスは信頼できる」と感じられる場を積み重ねることが、合意形成への最大の近道になります。
アンケートを回収するご意見箱
全274区画に設置。「使う人が払う」原則を貫いた事業者選び
住民の意見聴取と並行して、茂木さんたちはEV充電設備の研究をさらに深めていきます。東京都の無料相談会への参加後も、マンションアドバイザーへの相談や「マンション総合EXPO」(東京ビッグサイト)への参加を通じ、EV関連事業者との人脈を広げていきました。
2023年6月には、5社のEV充電事業者に対してプロポーザルを実施。「うちの条件や要望をまとめ、『御社はどんな提案ができますか』という形で各社に投げかけ、プレゼンしてもらった上で、委員会の投票で選定しました」
選定で最も重視したのが「受益者負担」の原則です。「EV充電を使う人、使わない人、『もう運転はしない』というご高齢の方もいます。利用料は使った人が負担するという仕組みにこだわり、それに応えてくれるパートナーを選ぶことにしました」
試乗会でEVを運転するマンション管理組合長期修繕委員会副委員長の茂木克介さん
当時、マンション内のEV台数はわずか5台。部分的な導入案もありましたが、最終的には全274区画への設置を決断します。決め手は、工事費の約8〜9割が補助金でカバーされると判断したこと。「将来設置する可能性があるなら、補助金が活用できるうちに全区画にケーブルを張り巡らせたほうが合理的です。『使った人が払う』仕組みなら、設備は全区画に等しく備えておくべきだとも考えました」
財源については、あらかじめ持ち出し金額の上限を設定して住民に明示し、「超えた場合は廃案」というルールも設けました。結果、実際にかかった総工費は税込みで約1億3800万円。うち補助金工事費が約1億1300万円、持ち出しは約2500万円でした。補助金の対象外となったのは、ガードポールやタイヤ止めの設置、植木の撤去等の経費です。
大規模な充電設備となったため、新設した電柱から電気を架空引き込み
引き込んだ電気を駐車場敷地内に配電
駐車場内に11基設置された、EV制御盤
全274区画に設置された200V/3kW出力のコンセント。ただし将来を見据え、ケーブルは6kW対応のものを導入した
こうして選ばれたパートナー事業者とのスキームでは、EV充電を利用した人が使った分だけ事業者に支払い、そのうちの80%が管理組合に還元される形となりました。
稼働スタート。EV充電設備が開く、マンションの新しい可能性
約半年の工事期間を経て、2025年1月に設置が完了。同年6月から運用がスタートしました。稼働してまだ半年ほどですが、早くもEV台数はさらに3台増加。
またEVの試乗会も設置前と設置後に2回開きました。「EVを運転したことのある人がまだ1割程度しかいなかったので、まず体験してもらうことも大事かなと」。実際、試乗後に「次に買い替えるならEVかPHEVかな」という声も多かったといいます。
「自分の駐車スペースに充電設備が付いているなら、検討しないわけにはいかないですよね」と茂木さんは笑います。
「グレーシアパーク八王子みなみ野」で実施された試乗会には多くのEVメーカーが参加
試乗会ではマンション周辺のいつも利用する道をEVでドライブ
EVの魅力を満喫し、試乗会後にEVの購入意欲が高まった参加者も
マンション自体の人気も上向きです。駐車場は満車続き、空き住戸が出ればすぐに売れる状況で、若い世代が次々と入居しています。また、マンションの売買情報においてもEV充電設備の有無はすでにアピール要素の一つになりつつあり、「物件スペックの必須項目になるのは時間の問題」と茂木さんは見ています。
駐車場の274区画に設置されたEV充電器。今後は、大きなアピール要素の一つに
「10〜15年後には、駐車場の約半数がEVやPHEVになっているでしょう」という茂木さんの予測が実現すれば、利用者の増加とともに管理組合への還元額が増え、マンション全体にとって大きなメリットとなります。
EVやPHEVの利用者が増えれば管理組合への還元額も増加すると予測
さらにEV充電設備は、満充電のEVが停電時の非常用電源になるなど、防災面での活用も期待できます。「これからの時代、電気は絶対に欠かせないインフラです。将来的にはDXの入口にもなり得ると考えています」と茂木さん。EV充電インフラを自分たちの資産として持つことで、マンションとしての可能性はさらに広がっています。
非常用電源として活用できる外部給電器も試乗会で展示。
EV充電設備の導入・運用開始までの経緯
その後も、アンケートや意見交換会などを繰り返し実施