参考にできる!合意形成の好事例

〜小規模マンション編〜

小規模マンション 合意形成のための3つのPOINT

①マンション管理士等の第三者的な立場の専門家の力を上手に借りる。

同じ住民である理事会メンバーの意見だけでなく、専門家の客観的な意見もあった方が、より納得感が高まる。

②小規模マンションは、管理費や修繕積立金の安定的な確保が最重要課題。

財務状況を改善し、共用部の価値向上のために役立てた実績を積み上げておくと新しい提案も受け入れやすい。

③住民へのアンケート調査や情報提供は丁寧に行う。

アンケートの問い方を工夫する、客観的なデータを添付する、丁寧なフィードバックを行う、案件を進める際には事前予告や中間報告を欠かさないなど、住民が検討しやすい状況を整える。

「財務を圧迫していた駐車場に
EV充電器を設置し運用をスタート」

クレッセント上野毛
(東京都世田谷区:総数38戸)

マンションの地下に駐車場がある「クレッセント上野毛」

 東京都世田谷区にある「クレッセント上野毛」は、1997年竣工・総戸数38戸の小規模マンションです。今回、東京都の補助金を活用し、全25区の駐車場のうち9区画にEV充電設備を導入しました。住民の将来的なEVニーズへの対応はもちろん、「クレッセント上野毛」では、健全な財務運営を維持するための決断でもあったといいます。同マンション管理組合の山下裕美子理事長に、小規模マンションが抱える駐車場の管理運営の課題と、EV充電設備設置に至るまでの経緯をお聞きしました。

クレッセント上野毛

所在地

世田谷区
上野毛

竣工

199711
(築年数29年)

世帯数

38

駐車場区画数

25区画
(地下1階)

空き区画の増加が財務を圧迫。収支改善と平面化で立て直しへ

 新しい設備を導入する際、小規模マンションで障壁となりやすいのが財務上の問題です。「クレッセント上野毛」もまた、空き区画の目立つ駐車場が管理組合の財務を長く悩ませてきました。EV充電設備導入の前に、これまでの駐車場の変遷と財務立て直しの経緯から話をはじめましょう。

 1997年の新築分譲時、「クレッセント上野毛」のセールスポイントの一つは「全戸駐車場完備」でした。地下1階にA〜Fブロックに分かれた機械式37台分と平置き1台分が設けられ、マイカーが当たり前だった当時、それは大きな魅力でした。

 ところが、築10年を過ぎた頃から状況が変わります。車種の大型化で機械式駐車場の使い勝手が悪くなり、空き区画が増えていったのです。駐車場代は利用者のみが負担する仕組みだったため、収入の落ち込みは管理組合の運営を直撃しました。スケールメリットの働かない小規模マンションにとって、管理費や修繕積立金の安定的な確保は最も重要な課題です。その根幹を揺るがしかねない問題でした。

 そこで管理組合が最初に取った手が、マンション管理士の起用です。客観的な視点で助言をもらいながら収支を徹底的にチェックし、清掃頻度の削減、地下駐車場の換気運転時間や電気料金プランの見直しなど、無駄な経費を一つひとつ削っていきました。

EV充電器付きの駐車スペースはEV所有者優先

 そして2017年、機械式の大型パレット1基(Fブロック8台分)を撤去し、平置き3区画に改修します。車高制限が緩和されたことで外部に流出していた大型車が戻り、収入回復とパレット点検費用の削減効果が重なりました。改善された収支を原資に、中庭のリフォーム、エントランスドアの自動化、使いやすい宅配ロッカーの設置と、共用部のバリューアップを次々に実現していきます。

 管理組合理事長の山下裕美子さんによれば、とりわけ中庭の変わりようは劇的だったといいます。「じめじめと湿気がこもり、コケやシダが伸び放題。帰宅するたびに気分が沈むような場所」が、リフォームによって明るく美しい空間へと生まれ変わったのです。管理組合が積極的に動けば、ここまで価値を高めることができる――住民がそれを肌で感じたできごとでもありました。

リフォームで美しい空間へと生まれ変わった中庭

エントランスドアも自動化

意識調査、予告、データの共有。丁寧に積み上げた合意形成

 しかし、大型車が戻り、収支が改善したのもつかの間、高齢化した住民が車を手放すなど、駐車場は再び空き区画が目立つようになります。抜本的な見直しが必要だろうと、さらなる平面化工事を検討しはじめたところ、マンション管理士から「EV充電設備の導入」を提案されました。

「外車メーカーがEVシフトを本格化させているので、外車保有者の多いエリアは早めに対応したほうがいい。数年後に控える大規模修繕が終わってからでは遅く、補助金や助成金の条件も変動するので、今のうちに動くべきだとマンション管理士さんから具体的なアドバイスをいただきました」と山下さん。

「クレッセント上野毛」マンション管理組合の山下裕美子理事長

 実は「クレッセント上野毛」では、マンション管理士から助言を受ける約1年半前に実施した不定期の意識調査で、駐車場へのEV充電器設置に関する質問を行っていました。「充電設備があればEV購入を検討するか」と尋ねたところ、38戸のうち10名が「すぐにEV購入を検討する」、13名が「将来的に購入したい」と回答し、6割近くの前向きな反応を得ていたのです。「現時点での要不要」ではなく、「将来の生活をイメージして考えられる問い方が良かったのかもしれません」と山下さんは振り返ります。

 翌2022年ごろには、「2035年までに、乗用車新車販売で電動車100%」という国の目標設定、東京都による新築の集合住宅等への充電設備設置義務化(2025年4月〜)など、さらに社会全体でEV推進の機運が高まります。こうした情報を理事会で共有しながら、検討を具体化していきました。

 2023年3月、管理組合は理事会だよりで「来年度からEV充電設備の検討を開始する」と住民に予告します。「突然、提案されても戸惑いが生じますよね。あらかじめ『検討しますよ』と伝えておくことは、住民の皆さんが『そのうち充電設備が導入されるのかな』といった具体的なイメージを持つためにも大切なことだと思います」

全25区画の駐車場のうち9区画にEV充電器を設置

駐車場内の壁に設置されたEV充電器盤とメーター

 これまでの財務改善と共用部バリューアップの実績から住民の信頼は厚かったとはいえ、山下さんたちはその後も専門家の助言や収支シミュレーションなど客観的なデータを丁寧に示しながら、必ず理事会での合意を経ることを徹底しました。

 同年4月から本格的な検討がスタートし、パートナー事業者へのヒアリングや見積もりの取得を進めます。11月に中間報告を実施し、翌2024年4月の総会で、機械式駐車場2基の撤去・平面化工事とEV充電設備設置工事が特別決議として付議されます。EV充電設備の設置工事については「税込み総工費の7割以上を補助金・助成金でカバーできる場合のみ実施」という条件付きで、いずれも無事可決されました。

工法や事業者など「クレッセント上野毛」が選定で大切にしたこと

 総会可決を受け、2024年8月に機械式駐車場の撤去・平面化工事を実施。DブロックとEブロックの計13台分を撤去し、5台分の平置きに改修しました。外車などの大型EVにも対応するためには最大2500kgの耐荷重が必要であり、その条件を満たす工法の採用が求められました。複数社で比較検討を行い、工法が規格化・商品化され、導入実績やコストが把握しやすく、総会でも説明しやすいものを選定しましたが、「客観的なデータに基づきながら、総会で説明しやすいこと」は重要なポイントだったといいます。

現在も区画が残る平面化前の機械式駐車スペース

機械式から平面化された駐車スペースには、メンテナンスフリーのスマートデッキを採用

 充電サービスのパートナー事業者は、①アプリによる利用者直接決済、②トラブルへの全面対応、③利用者が自分に合ったプランを選択できる、という3点を重視して選定。この仕組みであれば、今後も管理組合に手間がかかることはありません。

 電源については「特例引き込み」を採用しました。既存の共用部電力とは別系統で電柱から直接引き込む方式のため、共用設備の電気使用への影響はゼロ。将来EVが増えた場合も充電器を低コストで増設できます。

共用とは別系統の引き込み線を電信柱から引き込む「特例引き込み」を採用

EV受信盤を経由して地下の駐車場へ

地下にある駐車場内のEV充電器

EV充電器の横には使用方法の説明が

 補助金の申請先も、パートナー事業者の提案で当初予定していた国から東京都に切り替えた結果、税込み総工費約447万円のうち78%にあたる約347万円をカバーできました。管理組合の自己負担額は約100万円。EV区画の利用料を高めに設定することで年間約24万円の増収が見込めるため、4年もあれば十分に回収できる計算です。

 なお、「クレッセント上野毛」のケースでは、機械式の撤去・平面化工事は、管理組合の全額実費負担です。これは「たとえEV充電器を設置しなかったとしても、機械式のまま維持するより経済的」と判断してのことでした。機械式では定期点検・補修・部品交換費用や電気代がかかり続けます。平面化すれば大型車が駐車できるようになり、空き区画にブレーキがかかる上、利用料も高めに設定できます。一時的なコストをかけてでも、維持費の削減と収入増が同時に見込める投資と捉えたのです。

運用開始半年で手応えあり。増収効果と今後の3つの課題

 2025年5月にEV充電設備の設置工事を実施し、8月の臨時総会でEV優先区画の運用ルールを制定。10月にEV第1号車の契約がスタートしました。運用開始からまだ半年足らずですが、嬉しいことに、これまで駐車場を契約していなかった住民が「EVなら」と新規で2区画契約しています。

 現時点の年間増収効果は、新規EV・PHEV契約による増収約62万円、EV優先区画の料金設定変更による増収10万円、機械式撤去による点検費削減約6万円で、合計年間約78万円です。「総戸数38戸の小規模マンションにとって、この金額は非常に大きなインパクトです」と山下さんは顔をほころばせます。

EV・PHEV所有者によって利用される充電器付き駐車スペース

 今後の課題は3点あります。一つ目は、2017年に先行して平面化したFブロックの耐荷重問題。重量制限2000kgのため対応できるEV車種が限られており、需要次第では今回と同様のデッキへの改修を検討する予定です。二つ目は災害時の電源活用。V2H技術(Vehicle to Home=EVに貯めた電気を家庭の電源として使える仕組み)を活用すれば、EVをマンションの非常用電源として使える可能性があり、管理組合として使用させてもらうためのルール整備に向け、調査を行う予定です。三つ目は、残る機械式駐車場の今後の扱いです。EVの市場動向や補助金政策を見守りながら、更新するか、再び撤去・平面化するか判断していく予定です。

 「大規模マンションのように専門的な知識を持つ住人がいる可能性が高くない小規模マンションこそ、マンション管理士のような第三者の専門家をうまく活用していく必要があると思います」と山下さん。

 財務の改善・専門家の活用・住民への丁寧な情報提供という三本柱で積み上げてきた「クレッセント上野毛」の記録は、同じ悩みを抱える多くの管理組合にとって、確かなモデルケースとなりそうです。

基礎充電が出来る駐車区画によって新たな駐車場契約者を獲得

駐車場のあゆみとEV充電設備の導入・運用開始までの経緯

1997年
分譲開始。全戸分の屋内駐車場を備えた物件として誕生
2007年ごろ
築10年が経過し、空き区画が目立ち始める
2017年
A〜Fの6ブロックある駐車場のうち、Fブロックの大型パレット1基(8台分)を撤去・平面化。
既存の平置き1区画と合わせ、平置き4区画に再編。
外部駐車場を利用していた大型車が戻る
2021年10月
区分所有者を対象にEV充電設備設置に関するアンケートを実施。10名が「充電器が設置されれば、すぐにEV購入を検討する」、13名が「将来的に検討する」と全体の約60%が肯定的な回答
2022年ごろ
空き区画が再び増加したことを受け、機械式駐車場の撤去・平面化工事およびEV充電設備導入の検討を開始
2023年3月
理事会だよりにて、区分所有者へ「EV充電設備設置の検討開始」を告知
2023年4月
新理事会のもと、本格的な検討に着手(事業者へのヒアリング・見積取得、事業性調査)
2023年11月
理事会だよりにて、区分所有者へ検討状況の中間報告
2024年4月
通常総会の特別決議にて、機械式駐車場(Dブロック8台分とEブロック5台分)の撤去・平面化工事およびEV充電設備の設置が可決
2024年8月
機械式駐車場の撤去・平面化工事を実施。平面化によりDブロックは3区画、Eブロックは2区画に。
工事完了後、充電設備設置工事のための現地調査、補助金申請準備開始
2024年12月
東京都助成金の交付決定
2025年5月
EV充電設備の設置工事を実施
2025年8月
臨時総会にて、EV優先区画の運用ルール等を定めた駐車場運用細則を決議・制定
2025年10月
EV充電設備の第1号契約成立。利用開始